ゲイと年賀状

ゲイと年賀状

メールやツイッター、SNSでの年始の挨拶が当たり前になってきていて、自分から年賀状を出すということが完全に無くなっている。ゲイの業界だと、自分の本名や苗字、住所を晒すことが命取りになることもあるので、本当に親しい相手にしか情報は出さないのが普通かな?と思う。

 

私的には、大して隠さないといけないモノがないのでそれほど慎重な行動はしていませんが、仲の良い友達でも私の本名を知らない人なんてチラホラいます。

 

今日、テレビを見ていると、マツコ・デラックスさんが、他人の子供の成長なんて何も楽しくない・オカマは子供が出来ないので、それへの当て付けなのか?というトーンで年賀状について話していた。

 

確かに子供がいないゲイにとって、子供の可愛さって理解が出来ないと思う。自分的には子供は可愛いと思っていますが、親が自分の子供に対する愛情はもっともっと深いのだろうなと感じる。それが正月の年賀状。

 

毎年、少なからず年賀状をくれるノンケ(ゲイでない普通、一般の男女)の友達がいる。そこには毎年、成長している子供の写真ばかり。そして、とんでもないキラキラネーム。成長したら親を恨むのではないのか?と心配してしまうような可愛らしい豪華な名前のオンパレードです。

 

自分がゲイというマイノリティとして生きてきたせいか、ちょっとしたことで引かない自信はあるのですが、ホストやキャバ嬢のような名前を普通のお子さんにつける友人には軽く引いてしまう。読めないということを本人たちも認めているのか、わざわざ年賀状に ふりがなを付けてくれている。

 

私から見たら普通に子供だから可愛いって感じなのですが、親から見たら名に値するような格好良い、キレイで美しい子供なのでしょうね。年賀状には会ったことのない子供の話ばかりが書かれていたりして、どう返事したらいいのか分からない。これはゲイを関係なしにして、独身で子供がいないのなら感じる悩みかな?

 

もちろん年賀状をくれるノンケの友人たちは、私のことをゲイだと知らないですし、行き遅れている男と認識している。オネエ寄りのゲイなのでどうしても女性受けが良い(女性と話が合う)ため、遊んでいる男と思われている。だから何の心配もなく子供の画像付きの年賀状を送ってくるのだろう。

 

ゲイとして生きていくことを小学生の頃には覚悟していたので年賀状から垣間見るノンケの安定した生活を羨ましいなと思い、自分と切り離して客観的に見ることが出来ますが(だから付き合いが続けれているんだろう)、これが行き遅れている私と同年代の独身女性や、子供が欲しいのに出来ない夫婦だったら傷つくのだろうなぁ~と思う。

 

今年も友人に子供が生まれます。新しい命の誕生は本当に嬉しいし、私が絶対に出来ないことだと諦めているので羨ましい。責任感や生活のやりくりが苦しいと言ってはいますが、子供は宝だ!という喜びがチラチラ見えるのが見ていて気持ち良いくらい。

 

そういう面を考えだすと、ゲイとして生きるということを納得させたはずなのに、少し落ち込む。やっぱり年賀状は独身女性だけでなく、子供がいないゲイにとっても苦しいですね。

 

ちなみに結婚して子供がいるゲイの友達からも年賀状が来ます。その方だけは分かっているのか、子供の写真は載せてこない。私から子供の写真を見せてと言って、ようやくニコニコして画像を見せてくれた。そこからノロケ話は止まりませんでしたが、やっぱりゲイはゲイの繊細な部分を分かっているんだなと。

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