機能性胃腸症のブログは終了

機能性胃腸症のブログは終了

久しぶりに自分のブログを読み返すと、機能性胃腸症について、何も書いていない状況に気づきました。『機能性胃腸症のブログは終了』というタイトルですが、ブログを閉鎖するわけではありません。

 

身の回りのことを書き綴ったブログですが、機能性胃腸症から体調を崩している病気系の内容が多かった。怖いぐらいに処方薬を飲んでいた日々もありますし仕方がないかと。

 

今では機能性胃腸症や胃腸に関する薬は全く飲んでいないし、新しい知識も入れていない。機能性胃腸症が『完治した状況』だと考えてもいいのかもしれないのでブログに書きます。

 

『完治した』と書くのではなく、『完治した状況』と書いているのには理由があります。

 

5年以上前の、何も胃腸の不具合がなかった時期のような胃に戻れたという完治ではなく、胃の調子の悪さに振り回されることなく、普通の生活ができているという意味が、『完治した状況』です。

 

例えば、骨折なら骨がくっついて治ることもありますが、胃を切った場合などは、失くなった胃の機能との折り合いをつけていくしかない。取り戻すことができないものはあります。

 

また、機能性胃腸症が完治した気持ちになったことがあっても、再び、機能性胃腸症を発症するかもしれない。

 

だから、私の場合、胃の状況で日常生活に悪影響が出ないことが、完治している状態だと把握しています。メンタルで言うと『寛解』た使われるみたいなもの。困っていない。

 

その感覚で機能性胃腸症と向き合うことにしてから、胃の調子自体もすこぶる良くなっていった。治そうとする気持ちのせいで、軽いノイローゼになっていた感じ(今は軽い便秘に苦しみ中(笑))。

 

昔の健康だった胃の状態の完治を目指すのではなく、今の胃の状態を受け入れる方法への切り替え、それが大きく機能性胃腸症の症状を楽にした。

 

だから、自分の胃をよく観察してメモする。自分のことを自分でよく知ること。少し時間はかかりますが、それが大事だと感じます。

 

カレーやチョコレート(この辺りは食べるとすぐ苦しくなった)などの刺激が強いものを食べたいと思っても、今は食べることができる。ブログの後半部分、たぶん、食べ物のことも結構書いている気がします。

 

『食べても大丈夫な胃や腸の状態の日』や『食後に気持ち悪くならない量を調節』など、自分の体を理解しているから出来るようになりました。

 

『大丈夫な日』だと思って食事を始めて、2〜3口でお腹いっぱいになることも、たまにあります。当時は悔しくて落ちこんだり。でも、そんなことにも慣れたので、『くっそー(笑)』って笑い流せるようになった。

 

落ち込んでいたのは過去。今は楽な心持ちでいるからか、5分後くらいからまた食べ始めることができ、普通に完食します。

 

外出先では量の調節をしますが、家で食べる分には、普通の人(要するに定食程度)の量は食べれます。たまにダイエットしようかなと思えることも出始めた(体は細いですが、お腹がポッコリになる体型)。

 

たまたま昨日は、外食で牛丼を食べて、家に帰ってから(胃腸の調子が大丈夫そうな日だと分かっていたので)、大きいサイズ(300円の個包装)チョコレート、2時間後にポテチを全部食べてしまうという暴挙。

 

普段はこんな食生活ではないのですが、たまたま土日で友達が遊びに来て、お菓子やチョコレートを山ほど置いて帰った。

 

それをつまみはじめて止まらなくなった点と、あと、どれだけ胃が大丈夫なのかたまに試してみたくなる感覚もあったりで。

 

普通の人でも消化にパワーがいる量。昔の自分と同じレベルの食欲。さすがに少し眠気やお腹の重さも久しぶりにありましたが、1時間もあれば回復。

 

その1時間は、『しばらくすればお腹の重さも治るだろう』と考え、寝転んでテレビを見てリラックスしていました。

 

機能性胃腸症は、基本的に右側を下にして寝転ぶと良いのですが(胃の内容物が流れやすい)、私の場合は、逆に左側を下にして寝るほうが楽なときもあり(食べ過ぎた日)、昨日はそのケース。

 

こういうことも、自分の実践じゃないと気づけない。自分の人体実験みたいなものなので客観的にならないといけない。病気の症状に注意が行き過ぎると、なかなか気づけない。

 

リラックスした状況の方が、胃の消化活動も活発になるので、あえてストレスを意識しない方向に捉えるようにしてきた部分もあります。

 

『機能性胃腸症の完治』じゃないと言われたら、それはそうなのですが、機能性胃腸症の薬も飲んでいないですし、コントロールする方法を学んでしまった感じなので、悩んでいない。

 

悩んでいないから、ブログに苦しんでいる状況も書いていなかった。基本的にブログやネットでは、病中に辛い状況を書き込むことが多く、治ったり完治した人が、わざわざ『機能性胃腸症の完治ブログ』なんて書かない。ブログより掲示板系のほうがさらに酷い内容もある。

 

人生を楽しむブログや、美味しいものを食べたブログ、旅行した日記ブログを書いているほうが健康的。

 

新薬を試した、心療内科に行った、整体に通ったなどは、症状真っ只中の人がブログを書いているので、共感はできても参考としては薄いこともある(これ、今だから思える)。

 

過去の自分のブログを読むと、外食を怖がった日や薬の副作用で死にかけたことなど、笑えないですが、参考になる部分も怖いものが多い。

 

薬の副作用に関しては、同じ症状に出くわした人の助けにはなるけど(私はネット情報で命を救われましたし)、軽く飲む前に副作用を調べてみた程度の人には恐怖を与えることもある。バランスが難しい。

 

病気をした人が食事ができなくなり、睡眠不足になり、そこから自律神経やメンタル面を崩していくパターン。

 

そういう個人のブログも多く、途中で終わっているものこそ、たぶん、病気が回復(もしくは最悪の自体)ってケースなんだと思う。日常の日記に変化しているブログが良い。

 

病気からメンタルを崩して心療内科やデイケアに少し通ったり、引きこもり生活をしたせいか、似たような経験をした人と話す機会が多く、過去の機能性胃腸症で苦しんでいたことを思い出すこともある。

 

数年間ポッカリと人生に穴が開いた空白の期間だから、未だに辛かった過去として涙が出ることもあります。でも、自分の今の状況は、『機能性胃腸症から完治した状況』にいるのではないのか?と思える。

 

日常生活で苦しんでいることがほとんどない。もちろん、急な飲み会に誘われたりすると、『胃腸の調子をその日までに万全な状況に持っていこう』なんて気持ちが沸くので、『健康だった頃』には思いもしない発想は根付いている。

 

しかし、私は自分の機能性胃腸症の症状をブログなり、友達に話していることから(気を使ってもらうこと自体に気を使う部分もありますが)、無理を強いられない環境にいます。これも症状との付き合い方。周囲に理解してもらう。

 

機能性胃腸症に関して、あまりブログに書いていない、これからも書かないであろうということは、機能性胃腸症に悩んでいないということです。

 

だから、私の機能性胃腸症のブログは終了ってことになりそうです。これをやったから治ったのかもしれないってことは思い出したら書き出してみようかと思いますが、原因が複合すぎて、結果はどれが良かったのかもハッキリ分からずです。

 

私の場合の、違った『完治』の方法かもしれないですが、今朝の朝食はドーナツだったし、昼は唐揚げ定食。こんな毎日になれるとは思えなかった。今日は胃の調子が良い日です。

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